自己の力を過信するものは、
自らの力の限界を知らぬ。
そして力の限界が見えないとは、
端的には、自己の死後が見えぬということでもあろう。
[ 森信三 一日一語 ] より
過信は禁物です。
自己の力を過信するものは、
自らの力の限界を知らぬ。
そして力の限界が見えないとは、
端的には、自己の死後が見えぬということでもあろう。
[ 森信三 一日一語 ] より
過信は禁物です。
人間の偉さは才能の多少よりも、
己に授かった天分を、
生涯かけて出し尽くすか否かにあるといってよい。
[ 森信三 一日一語 ] より
出し尽くすこと。
大切です。
令和2年の法定後見関係の統計からです。(「成年後見関係事件の概況」HP検索)
法定後見制度を利用する場合、本人の親族が後見人等になっている割合が令和2年は19.7%と20%を割りました。
この数字が親族は後見人等に選ばれないという根拠にされることがあります。
これは正しいでしょうか。
後見人等を付けてくださいと家庭裁判所(以下「家裁」という)にお願いするとき、通常は後見人等の候補者を立てて申請します。(最終的には誰を後見人等に選ぶかを決めるのは家裁ですが、家裁は候補者を重視します)
この候補者の内、親族の割合が公表されました。
令和2年は23.6%です。
そもそも、親族を候補者として申請している割合が低いのです。
また、申立人(家裁に申請する人。原則は本人の親族)の一番は、市区町村長です。身寄りがなく申立てる親族がいない場合にとられる手段です。二番目が本人の子、三番目が本人です。(意思能力の低下が低い場合、本人が申立て出来ます。身寄りがない人が利用することが多いです)
これらのデータから「身寄りのない人の後見利用が増えている」ということがわかります。独居高齢者が急増しているという、世の中の状況が、親族割合の低下の大きな要因だと思われます。
ですから、親族の割合が低下していることが、家庭裁判所が親族を後見人等に選ばれないことにはならないと思います。(親族間に争いがなく、財産が複雑でなければ、親族が選ばれるというのが私の実感です)
一方、法定後見制度を使うと面倒だから、利用しなくて済むよう、事前に対策を講じている人が増えていることも、親族割合の低下の要因になっていることも確かだと思います。
後見制度の利用・運用状況は日々変化しています。状況を正確に把握し制度の利用を検討することが大切です。
兄が死んだ。姉から電話でそのことを知らされ時、私は思わず小さな声で「万歳!」と叫んだ。16年待った。長い16年だった。
なかにし礼さんの著書「兄弟」の冒頭の一節です。
中西一族は満州から引き揚げ小樽に住んでいました。兄が家を担保に借金し、ニシンの網に賭けて全てを失います。
年月が過ぎ礼さんは石原裕次郎さんと出会いました。これが作詞家なかにし礼を生んだ原点です。最初の作品は菅原洋一さんの「知りたくないの」でした。作詞家、作家としても大活躍します。
一方の兄は、博打好き、見栄っ張り、会社を設立しては倒産し借金が残る。この繰り返しで倒産させた会社は10数件に及び、その度に礼さんが尻ぬぐい、肩代わりした借金は計り知れません。
この「底無しの甘ったれの怪物」が、ゴルフ場の開発に手を出しました。礼さんは知らぬ間に社長にされていました。違法が発覚し会社は倒産、兄は姿を消しました。兄の借金2億円を加えると、全財産を処分しても、5億5,000万円の負債が残りました。
礼さんは生活にも困窮する借家住まいとなりました。が、めげずにヒット作品を連発し、この借金を返すことができました。
絶縁してから16年、兄の死を知り思わず「万歳!」と叫びました。尋常でない兄の「呪縛」から解き放された瞬間でした。
相続での遺産分割協議は、人間の本性が表に出てきます。自分に嘘がつけません。この時の姿が「本当の自分の姿」です。
◎ある母親が亡くなりました。兄夫婦が母の最期を看取りました。遺産は自宅と預貯金で、相続人は兄と弟の2人です。
母は弟を溺愛し、ほしいものは何でも与えました。弟は「はしっこい」が、兄は「とろい」と、よく言っていたそうです。
「とろい」と言われた兄は、長男ゆえに我慢と苦労を強いられ、思いやりと人望ある人間に育ちました。
「はしっこい」と言われた弟は、甘やかされ、ずるくて身勝手な人間に育ちました。未だ結婚できず独身です。
この兄弟の遺産分割協議に立ち会いました。兄が口火を切ります、
墓守や親戚付き合いなどを考慮し分割案を出しました。が、弟は聞く耳を持ちません。兄に対し言いたい放題です。兄はこぶしを握りジッと耐えています。よく我慢していると思いました。
弟は1円単位までこだわります。兄は自宅を相続し、あとは譲り預貯金のほとんどを弟が持っていってしまいました。
世の中には礼さんの兄やこの弟のように、人格がまるで違う兄弟もいます。同じ親から生まれてきたとはとても思えません。
親の財産もらうのは当たり前、有り難いとの気持ちがない、感謝がないから譲れない、相続争いをする兄弟の共通点です。
多くを見てきましたが、相続は子育ての集大成です。相続争いや、兄弟仲が悪いのは、親の子育ての失敗だと思います。
人はその一心だに決定すれば、
如何なる環境に置かれようとも、
何時かは必ず、道が開けてくるものである。
[ 森信三 一日一語 ] より
いかに苦痛な人生であろうとも、
「生」を与えられたということほど大なる恩恵はこの地上にはない。
そしてこの点をハッキリと知らすのが、
真の宗教というものであろう。
[ 森信三 一日一語 ] より
宗教の本質なんですね。
この地上には、一さい偶然というべきものはない。
外側からみれば偶然と見えるものも、
ひと度その内面にたち入って見れば、
ことごとく絶対必然だということが分る。
[ 森信三 一日一語 ] より
全てを受け入れる。
そして考え実行する。
「随所作主」とは、人はどんな境遇の中にあっても、
リンリンとして生きてゆける人間になることでしょう。
[ 森信三 一日一語 ] より
リンとした行動。
どんな時でもそうしたいです。
幸福とは、
縁ある人々との人間関係を噛みしめて、
それを深く味わうところに生ずる感謝の念に他なるまい。
[ 森信三 一日一語 ] より
そうですね。
幸福になりましょう。
人は真に孤独に徹することによって、
初めて心眼がひらけてくる。
けだしそれによって相対観を脱するからである。
[ 森信三 一日一語 ] より
相対観を脱する。
なかなか出来ない事です。