鑑識眼

真の鑑識眼は、最初のうちは、
最上のもの一つに徹することによって得られる。
いたずらに比較考量している限り、
ついに物事の真に徹するの期なけむ。
[ 森信三 一日一語 ] より

履物を揃える

心はみえないから、
まず見える躰の方から押さえてかからねばならぬ。
それ故心を正そうとしたら、
先づ躰を正し物を整えることから始めねばならぬ。
クツをそろえること一つが、
いかに重大な意味をもつか分からぬような人間は、論ずるに足りない。
[ 森信三 一日一語 ] より

真理の肉体化

「五十にして天命を知る」・・・というが、
知という限り、まだ観念的なものが残っている。
それ故「六十にして耳順う」の境に到ってはじめて
真理の肉体化がはじまるともいえよう。
[ 森信三 一日一語 ] より

日常の雑事

「下学して上達す」・・・
下学とは日常の雑事を尽すの意。
それゆえ日常の雑事雑用を軽んじては、
真の哲学や宗教の世界には入りえないというほどの意味。
[ 森信三 一日一語 ] より

一つ一つの行動からです。

庶民の生き方

朝起きてから夜寝るまで、
自分の仕事と人々への奉仕が無上のたのしみで、
それ以外別に娯楽の必要を感じない・・・というのが、
われわれ日本人のまともな庶民の生き方ではあるまいか。
[ 森信三 一日一語 ] より

謝念

食事をするごとに心中ふかく謝念を抱くは、
真人の一特徴というべし。
それだけに、かかる人は意外に少ないようである。
[ 森信三 一日一語 ] より

命あるものを頂いて、私たちは生きています。

アマゾン 中條レポートNo264

アマゾン流域の熱帯雨林には果物や魚など食べ物が豊富なため、人間が何かを成し遂げようとする必要性がなかった。

高温多湿のため食べ物もすぐに腐ってしまうため動植物を取り過ることもなかった。「動植物をとりすぎると神のたたりがある」と言われた所以だ。

そのため富の集積が起きなかったので貧富の差も大きくならなかった。
争いの起因の多くは貧富の差によりおきる。

そんな地域に文明がやってきて、豊かさを求めるようになった。
そして現在、環境保護と経済発展がぶつかり合っている。

いったい人類は何のために、何をしようとしているのか。
そして
「人類は次世代に何を相続させようとしているのか」

アマゾンの原住民は間違った生き方をしていたのか。そうとは思えない。
しかし、原住民は文明に支配されていき本来の“いき方”を相続させる事が出来なくなっていった。

個々人の相続も同じことがいえる。
「親は子に何を相続させようとしているのか」
“財産”なのか“いき方”なのか。
“財産”が主なのか“いき方”が主なのか。

承継させる方も、受け継ぐ方も、“財産”が主になっているのは否めない。それは日本が高度成長を遂げ、物質的豊かさを手に入れた代償だと思う。

アマゾンが環境保護と経済発展がぶつかりあっているのと同様、個々人の相続も葛藤が生じている。
「本当に大切なことは何か」
このことを常に考え、お役にたてるようにしたい。

201211月号です。感じるところがあったので再掲載させて頂きます。