「人生二度なし」・・・この根本認識に徹するところ、
そこにはじめて叡智は脚下の現実を照らしそめると云ってよい。
[ 森信三 一日一語 ] より
どれだけ肝に命じられるかですね。
「人生二度なし」・・・この根本認識に徹するところ、
そこにはじめて叡智は脚下の現実を照らしそめると云ってよい。
[ 森信三 一日一語 ] より
どれだけ肝に命じられるかですね。
しつけの三大原則
一、朝のあいさつをする子に・・・。
それには先ず親の方からさそい水を出す。
二、「ハイ」とはっきり返事のできる子に・・・。
それには母親が主人に呼ばれたら必ず「ハイ」と返事をすること。
三、席を立ったら必ずイスを入れ、ハキモノを脱いだら必ずそろえる子に・・・。
[ 森信三 一日一語 ] より
このしつけがしっかり出来れば日本は大丈夫です。
「一日は一生の縮図なり」・・・
かく悟って粛然たる念いのするとき、
初めて人生の真実の一端に触れむ。
[ 森信三 一日一語 ] より
一日一生です。
信とは、人生のいかなる逆境も、
わが為に神仏から与えられたものとして
回避しない生のの根本態度をいうのである。
[ 森信三 一日一語 ] より
「行って余力あらば以って文を学ぶ」(論語)
つまり学問が人生の第一義ではなくて、
生きることが第一義である。
[ 森信三 一日一語 ] より
行動が最大の学びです。
悟ったと思う瞬間、即迷いに堕す。
自分はつねに迷い通しの身と知る時、
そのまま悟りに与かるなり。
[ 森信三 一日一語 ] より
一切の悩みは比較より生じる。
人は比較を絶した世界へ躍入するとき、
始めて真に卓立し、
所謂「天上天下唯我独尊」の境に立つ。
[ 森信三 一日一語 ] より
比較をやめたいですね。
幸福とは求めるものではなくて、与えられるもの。
自己の為すべきことをした人に対し、
天からこの世において与えられるものである。
[ 森信三 一日一語 ] より
よく言われる言葉ですが、ついつい求めてしまいます。
森信三先生の言葉だと重みがあります。
「天地終始なく人生生死あり」・・・
これは頼山陽の十三歳元旦の「立志の詩」の一句ですが、
これをいかに実感をもってわが身に刻み込むかが
我われの問題です。
[ 森信三 一日一語 ] より
死は必ず訪れます。
一日を大切にしていきたいです。
遺言とは
「相続人の間に不平等を持ち込む仕事」
遺言の作成のお手伝いをするとき、常にこのことを念頭にいれています。
平等に分けられる財産(例えば現金・預貯金)で、平等に分けるのでよければ遺言は必要ありません。
何故ならば法律(民法)は分け方を平等に定めているからです。(相続争いを行い、裁判所の判決で分け方が決まる場合は民法通りとなります)
不動産のように分割するのが難しい財産がある。
介護や家業の手伝を行った相続人とそうでない者がいる。
このような場合、遺言を使い相続人間に不平等を持ち込むことが必要になります。
けれども「不公平であってはならない」
「不平等」を持ち込むが、「不公平」であってはならないということです。
お年玉をあげる場合、小学生、高校生、大学生に同じ金額を渡すのが平等です。
年齢に応じて金額を変えて渡すのが公平です。
何が公平なのかは概念的なことになるので非常に難しいことではあります。
しかし、遺言書の作成する際、常に念頭にいれておくべきことだと思います。
森信三先生の一日一語(右記参照)によれば「職」は天から与えられたものです。「遺言書があれば争いを防げたのに」と思うことが多くあります。
私たちは生前に遺言作成のアドバイスが出来る立ち位置にいます。
「職」が天から与えられたものであるならば、天から与えられた役割を果たせるよう精進していきたいです。