退歩

人間は、進歩か退歩の何れかであって、その中間はない。
現状維持と思うのは、実は退歩している証拠である。

森信三「一日一語」 より

現状維持はないんですね。

検認 中條レポートNo215

自筆証書遺言で行う死後手続が面倒な原因として検認があります。

検認とは、相続人全員を家庭裁判所に集め、開封する作業です。そして検認を受けた遺言書でなければ、預金の引出しや、不動産の名義変更等の相続手続が出来ません。

何故、検認が面倒なのか。

相続人全員を集めるため、相続人が確定出来る戸籍等を全部揃えてから家裁に「検認お願いします」と申し出なければなりません。戸籍等を揃えるのに時間がかかるし、家裁から各相続人に連絡が行く時間も必要ですから、手続を始めるまで時間がかかります。

子供・親がいない人の相続人は兄弟姉妹・甥姪です。兄弟姉妹は縁遠くなりがちです。まして、甥姪になると、会ったこともないということも珍しくはありません。また兄弟姉妹・甥姪は、遺言で何も貰えない場合でも、最低限もらえる権利である遺留分がありません。

会ったこともなく、財産をまったく貰えない人にまで通知はいきます。
そして、開封するときに、会いたくもない親族と顔を合わせることもあります。(開封の場所(家裁)に出席する、しないは相続人の自由です)

公正証書遺言は上記の検認手続が不要です。公証役場から相続人に通知が行くことはありません。亡くなったらすぐに、相続手続をすることも可能です。(遺言執行者がいれば、執行者は相続人全員に連絡する義務はあります)

来年の7月から、自筆証書遺言でもこの検認を回避する制度が出来ます。
法務局で行う、「自筆証書遺言の保管制度」を利用するのです。自筆証書遺言を法務局で保管してもらえば、死亡後、検認の手続をする必要がなくなります。

しかし、上記で説明した全ての手続が不要になるわけではありません。
法務局に保管されている遺言書の内容を相続人・受遺者・遺言執行者が閲覧・交付請求をするとき、検認と同様、法務局から全ての相続人・受遺者等に遺言がある旨、通知がいきます。そして相続人確定するための戸籍等を揃えるのは相続人等の役割です。(戸籍を揃える手続を簡素化する法改正が行われる予定です)
検認は不要でも公正証書遺言のようには手続出来ません。

遺言をつくる方法は一つではありません。
制度をよく理解し、状況を総合的に判断して決めていかなければなりません。

相続対策の優先順位を誤らない 野口レポートNo271

相続対策には大きく分けて次の三つがあります。

(1)遺産分割対策 ①市街地山林、貸地、古アパートなどの不良資産を生前に整理整頓し分けやすい財産にしておく。②公正証書遺言や付言事項の作成により、財産分けが円滑に進むよう準備をしておく。

(2)相続税納税対策 ①生命保険の活用で納税資金の確保。②生前に相続税を試算し、納税のため売却する土地を選別し、確定測量などを済ませ、10ケ月以内に換金し、現金一括納付ができるようにしておく。

(3)相続税節税対策 ①アパート建築等で不動産の評価を下げる。②資産を相続税評価の低い財産に組み替える。③養子縁組で相続人の数を増やす。④生命保険の非課税の枠を使う。

この三つの対策が同じ方向を向くなら、相続対策を失敗する人はいないでしょう。時には真逆の方向に進むので注意が必要です。

仮の話です。極端な例になりますが説明してみましょう。

◎4億円の土地に4億円の借金をして賃貸マンションを建てました。建築費4億円のマンションの相続税評価は約半分の2億円になります。 だが借金は4億円のままで価値は変わりません。この差に節税効果が生じます。とりあえず節税対策としては成功しました。

◎相続税を減らすことばかりを考え、納税対策をなおざりにしてしまいました。いざ相続が開始し相続税が払えません。しかたなくこのマンションを売却し納税することにしました。 

借金を清算したら残ったお金だけでは相続税が払えません。納税対策を優先し、土地を駐車場にしておけば4億円で売却でき相続税は余裕で払えました。かつ手元にお金が残り遺産分割の原資になったはずです。状況を考えず節税対策を優先してしまった結果です。

◎何とかお金をかき集め相続税は納付できました。大きな財産はこのマンションです。相続人は子が3人です。しかたなく1/3の共有となりました。相続での不動産共有はやってはいけません。後の不動産共憂となります。節税対策を優先してしまい遺産分割は失敗です。

このようにこの三つの対策は同じ方向を向くとは限りません。ならばどの対策を優先しなければならないか見極めることが大切です。

未だに、相続対策=節税対策と思い込んでいる人、借金すると相続税が減ると思っている人もたくさんいます。

先般の相続税基礎控除の改正で、今までは相続税の心配が全くなかった層に納税義務者が続出しています。これらの層に課税される相続税は約50万円~300万円位です。庶民にとっては大金かも知れません。だが、払えない金額ではありません。払ったらそれで終わりです。

税制改正でハウスメーカーなどが、節税対策として二世帯住宅や賃貸併用住宅の建築をすすめています。賃貸併用住宅など自宅部分は生涯空室を抱えるのと一緒です。35年のローンは辛いものがあります。返済が滞り抵当権を実行されたら自宅を失うことになります。

節税対策で300万円の相続税は払わなくて済みました。しかし、多額の借金を背負いこまされ、減った相続税の何倍もの金利を払わなければならないか、冷静に考えれば分かるはずです。

遺留分制度の改正 中條レポートNo214

財産を全くもらえない遺言書があっても、相続人が最低限の取り分を請求出来る遺留分制度。遺言があっても争いが起こるのはこの制度があるからです。

この制度が相続法の改正で201971日から変わります。
変更点の一つが遺留分を侵害された相続人が請求出来る金額です。

算式(簡略化しています)
遺留分を請求出来る金額=遺留分算定するための元になる財産総額①×相続人個々の遺留分の割合➁-遺留分を請求する相続人が受けた贈与・遺贈の額➂

➀は死亡時の財産額+生前に贈与した額の合計。このうち贈与に算入するのは
・相続人以外の者に対する贈与は相続開始前1年間に限り参入。
・相続人に対する贈与は、相続開始前の10年間の、婚姻もしくは養子縁組のため、または生計の資本として受けた贈与。

これに対し請求出来る金額を減らす➂の贈与は、贈与された時期の制限はありません。

これによりどのようなことが起こるでしょうか、事例でみてみましょう。

お母様が亡くなりました。相続人には長男、長女の二人です。
亡くなった時のお母様の財産は預貯金の4,000万円です。
遺言があり、全ての財産を同居していた長男に相続させると書いてありました。
また,2人は20年前に住宅資金として母から1,000万円ずつ贈与をうけています。

このときの長女が請求出来る遺留分額はいくらでしょうか。
上記計算式の➀は4,000万円(20年前の贈与は算入しない)
②は12×1214
➂は1,000万円(20年前の贈与も参入)
よって請求出来る金額は 4,000万円×141,000万円=0

改正前の➀は長男・長女の生前贈与合計2,000万円を4,000万円に加算しましたので
4,000万円+2,000万円)×141,000万円=500万円。

 「古い贈与まで考慮するから争いが複雑化する。だから改正では10年以内の贈与に限定した。でも遺留分を請求する人が受けた贈与は10年以上前のものでも参入する」

矛盾は感じますが法律はこのように改正されます。
遺留分で争うことのないようにしたいものです。

正しい知識と正しい贈与 野口レポートNo270

今回は生前贈与についてお話してみましょう。贈与は契約行為であると認識することが重要です。

贈与者の「あげます」の申し込みに対し、受贈者の「もらいます」の承諾があり、互いの意思が一致して初めて贈与契約が成立します。贈与者のあげるとの意思(一方通行)だけでは贈与契約は成立しません。ここは大事なポイントです。

贈与契約が成立しているのか、単なる名義預金なのか、相続税申告でもこの判断は悩ましいところです。

中元歳暮を考えてみましょう。「いつもお世話になっています。つまらないものですがほんの気持ちです」⇒あげるという意思表示です。「ご丁寧にありがとうございます。」⇒もらうとの承諾です。

申し込みに対し、承諾があり、互いの意思が一致するので、中元歳暮も立派に贈与契約が成立します。

神社仏閣のお賽銭も同じです。お賽銭を投げ入れることは「あげる」との意思表示です。それに対し賽銭箱のフタが開いていることは「もらいます」との承諾であり贈与契約が成立します。

生前贈与は1年間1人に対し、基礎控除の110万円までなら課税されない「暦年贈与」があります。12月31日に110万円贈与しました。翌日の1月1日に110万円贈与しました。1年間に1回なので暦年贈与です。実質は1年間に220万円贈与したのと同じです。 

ただし、相続開始3年以内に行った贈与は相続税計算上いったん相続財産(払った贈与税は控除される)に戻さなければなりません。

もうひとつは「相続時精算課税制度」があります。1月1日現在60歳以上の直系尊属(祖父母や父母)から20歳以上の子や孫へ2500万円までの贈与は申告すれば、取りあえず贈与税は払わなくて済みます。

この制度を使った贈与は、相続開始時に「贈与時の評価」で相続財産に戻し、精算しなければなりません。

不動産や株式の贈与はリスクが生じる可能性があります。1億円で贈与した土地が相続開始時には7000万円に下落していても、贈与時点の1億円の評価で申告です。この逆なら節税効果が生じます。また一度この相続時精算課税制度を使ったら、暦年贈与は生涯使えません。

「住宅取得等資金の贈与」直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の贈与税の非課税の制度です。一定の要件(要件により金額は異なる)を満たせば適用されます。

息子が自宅を新築しました。この制度を知った父親が住宅資金の援助をしたいと、2500万円を建築会社に直接振り込んでしまいました。状況によっては単純な贈与とみなされる可能性があります。

あくまでも息子が住宅を取得するための「資金」でなければなりません。父親が2500万円の「現金」を子に贈与することが大切です。現金を贈与された子が建築会社に払えば非課税です。

法律や税法は万民が公平であるがため存在します。だが正しい知識を知っているか、知らないかでは大きな不公平が生じます。そして法律も税法も知らなかったは通用しません。

教育

教育とは流水に文字を書くような果てない業である。
だがそれを巌壁に刻むような真剣さで取り組まねばならぬ。
[ 森信三 一日一語 ] より

森信三先生を象徴している言葉です。

後見制度はどんな場面で利用するのか 中條レポートNo213

意思能力が衰えた場合に利用するのが法定後見制度です。
実際にどんな場面で利用するのでしょうか。大きく分けて二つ考えられます。

 ➀ 意思能力がない方で、下記のような法律行為を行わなければならない場合。
「施設入所費用を工面するため、不動産を売却しなければならない」

本人は意思無能力者のため売買契約が出来ません。本人に成年後見人を立て、本人の代わりに不動産を売却をしてもらうしか方法はありません。
注 本人にとって本当に必要な法律行為かどうかの判断は大切です。

② 意思能力が衰えている方で、本人が本人らしく生きることを阻害されている場合。
意思能力が衰える≠意思無能力ではありません。意思能力は多少衰えても、法律行為は有効に成立します。しかし、有効に成立してしまうが故に、本人が不利益を被るおそれが生じます。例えば、訪問販売で高価な布団等を買ってしまった。等々です。

そのようなとき、後見人、保佐人、補助人(本人の意思能力の程度によって変わってきます。以下「後見人等」という)が本人を守ります。
この場合、本人が行った布団購入という法律行為を取消せます。(補助人は要件有)布団を返品し代金を返してもらえます。

 

身寄りのない人が施設に入所する場合にも役立ちます。
施設は入所条件として親族の連帯保証人を求めます。しかし、身寄りのない方は保証人を立てられません。そんな時、後見人等がいれば保証人無しでも入所を認めてくれます。認めてくれるのは、後見人等は本人が亡くなるまでお世話する人だからです。具体的には本人の財産管理、入所契約・介護契約等の身上保護をおこないます。 

上記のことから、親族等に守られて暮らしている人は、➀以外は利用する必要性は少ないでしょう。利用するのは権利擁護の必要性が高い方です。具体的には独居高齢者で生活が困難な方、老老夫婦で二人とも意思能力が低下してきた方、虐待されている方、等々です。

「後見制度は融通が利かなくて大変だ」よく聞く言葉です。その通りだと思います。しかし上記のような方が、その人らしく生活するためには必要な制度であることも確かです。それ故、制度を利用するかどうかの判断が大切になります。

均分相続は平等相続と心得よ 野口レポートNo269

昭和23年1月1日より現行民法が施行され、相続制度が変わりました。子が複数いれば同等で分ける均分相続となりました。昭和37年・昭和55年の改正、平成30年の大改正を経て現在に至ります。

相続は相続開始時の法律が適用されます。昭和19年に亡くなった曽祖父がいます。土地の名義は曽祖父のままです。今の時代に相続手続きをしても家督相続が適用され、曽祖父に子が10人いても長男(祖父)が1人でその土地を相続することになります。

現行民法の下、新たな相続制度が適用され71年となりました。今や均分相続は国民の意識のなかに定着した感があります。また戦後のベビーブームに生まれた団塊の世代が相続を迎える時代にもなりました。

相続人の層も若返り、権利意識はますます増してきました。義務を果たさない人ほど権利意識が強く、「法定相続分」という言葉が当たり前に出てきます。「遺留分」「特別受益」などの法律用語も出てきます。

「均分相続」は「平等相続」です。決して「公平相続」ではありません。そして平等と公平の違いは分かりづらいです。

お正月のお年玉を思い浮かべてください。袋のなかに、高校生、中学生、小学生、すべてに一律1万円が入っていれば平等です。

そんな親はいないでしょう。袋のなかには1万円、5千円、3千円と、歳に相応したお金が入っています。これが公平です。

長男夫婦が家業の食堂を手伝い、両親と同居し母の最後をみとりました。姉はすでに嫁ぎ弟は独立し家をかまえています。

父親が亡くなりました。遺産は店舗(食堂)兼居宅です。姉弟が法定相続分を主張してきました。長男が店舗兼居宅を取得するには、姉弟の相続分に見合った代償金を払わなければなりません。お金が調達できなければ家を売って換金し3分の1で分けろと言われます。事業承継は吹っ飛び、長男は仕事と住むところを一度に失います。

裁判をしても、審判官は全ての事情を総合的に考慮し判決を出しますが、法定相続分を変えることはできません。判決が出ても長男は3分の1の遺産しかもらえません。

民法は寄与分制度を設けていますが、通常の親の介護や、家業の手伝いが寄与分として、長男の相続分に反映することもほとんどありません。

理不尽と思っても法律に対し常識は通用しないのです。

長男は姉弟が法定相続分を要求してくるなど夢にも思ってもいませんでした。相続が開始しまさかの展開です。

審判官ですら変えることのできない長男の相続分を変えることができる人が1人だけいます。それは被相続人になる「おじいちゃん」です。方法も1つしかありません。それが遺言です。

こんな悲劇を防ぐためにも、生前に遺言で長男の相続分を増やし、平等に不平等を持ち込み公平にしておく必要があります。

均分相続は平等相続です。相続が開始してからでは何もできません。平等と公平の違いをしっかり認識し、長男への感謝の気持ちを形(遺言)にして残しておくことが大切です。