遺言の無効 中條レポートNo161

自筆証書遺言で怖いのは、遺言の内容に不満を持つ相続人から、遺言が「無効」だと言われる事です。無効理由で多いのは
➀「お父さんが書いた字じゃない」
②「あの時、遺言を書く意思能力はなかったはずだ」

このように言われたとき、「有効である」とする証拠が必要です。
➀に備え被相続人が生前(出来れば遺言作成近時)に書いたものが必要です。
手紙・ハガキは消印がありますから、書いた日を推定でき有用です。(但し、お正月の年賀状は消印がありませんから注意が必要) 文字は体の具合や、姿勢等によって異なりますから数個の自筆の書を集めておくとよいでしょう。

自筆の書を相手方から、本人が書いた証拠があるのかと言われることもあります。保険契約、銀行借入の銀行員等の面前で本人に記入を求められる書類は貴重な証拠となります。

しかし字を書く事が少なくなった時代です。自筆の書を収集するのも簡単ではありません。自筆だと証明出来る書類が、自筆証書遺言をつくるときの必要書類だと言っても過言ではないでしょう。

②に備え、病院での医療記録や、介護施設での介護記録が役立つことがあります。
遺言作成時の本人の生活状況、家族の関わりかた等の周辺状況も判断材料になります。
ビデオで遺言書作成風景を撮る、遺言作成時の会話を録音することも証拠には役立ちます。
また遺言の内容がシンプルな程、意思能力に関して有効性が認められやすいでしょう。

筆跡鑑定も確実な証拠ではない(鑑定する人によって結果が異なることもある)ように確かな証拠を集めるのは困難なことです。
状況証拠でも数多く集める事が大切です。
裁判官になるほどと思わせることが肝要です。

このように考えると、お勧めはやはり公正証書遺言です。
無効になる心配はなく(確率は0ではありませんが)安心出来ます。
遺言は、そもそも安心するために作るものだからです。

DNA 中條レポートNo160

人の細胞の核にあるDNA

人それぞれの髪の毛の質、目の色、体つき、体質、等々両親から受け継いだ遺伝子情報を詰め込んだ生命の設計図です。

かつては人のDNAを読み取ることは夢のようでした。
それがスーパーコンピューターで時間をかければ読み取れるようになり、2003年、13年がかりで3千億円かけ読み取りが完了しました。
それが現在は、約10万円、1日で読み取れるまで技術がすすんでいます。

ビジネス目的でこの技術の利用がすすんでいます。
そのひとつが「デザイナーベビー」。

・精子バンクの精子提供者のDNAと、利用する女性のDNAを調べ、重い遺伝子病が出る組み合わせを排除します。
・精子と卵子が受精した体外受精卵のうち、染色体の異常が最も少ない一つを子宮に戻して着床させます。
DNAに異常がある受精卵そのものを改変する技術が近い将来実現しそうです。詳しい方法は省略しますが、この方法だと両親と提供者の女性の3人のDNAを持つ子供が生まれます。

「完璧なあかちゃん」を求める動きは加速されるでしょう。
倫理的に問題があっても、生殖技術の許容範囲は国際規制がなく、各国が法律などを独自に定めているため、自国でだめでも海外で生むことを止められないからです。

お金で、好みの子供を手にいれることが出来る時代がくるかもしれません。
体に障害がなく、頭が良く、運動神経がよい子が人工的につくられる。そうでない人間との格差社会が形成されるかもしれません。
恐ろしいことです。

親子関係も複雑になります。それでなくても離婚・再婚・未婚の母と家族関係が複雑化しているところです。
相続問題も複雑化することは間違いありません。

父子関係 中條レポートNo159

DNA鑑定で血縁関係が否定された場合、法律上の父子関係が取消せるか。
婚姻期間中に生まれた子だけれど、事実は他の男性との子でした。

母親が子を代理して、法律上の父子関係を取り消す訴えを起こしました。
最高裁は、民法の「嫡出推定」の規定は、DNA鑑定の規定より優先されると判断しました。

第772条(嫡出の推定)
妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

この推定を覆すには、嫡出否認の訴えによらなければなりません。(民法775)
しかしこの訴えを出来るのは父親だけです。

では、婚姻期間中に生まれた子供は、父親が訴えなければ父子関係を取り消せないのか。
そうではありません。

「夫が外国にいた、監獄にいた等の場合等は推定が働かず、親子関係不存在確認の訴えが出来る」と最高裁は言っています。
(親子関係不存在確認の訴えとは民法772条の推定がされない子に対して父子関係を否認するもので誰からでも訴えることが出来る)

しかし、この事例は夫が出張中だったが月に2~3度家に帰っていて夫婦関係が保たれていたから父子関係の推定が働くため親子関係不存在の訴えが出来ないということです。

なんだか違和感がある判決です。
但し、5人の裁判官の内、2人の反対意見がありました。
また「社会の実情に沿わなくなれば、立法政策の問題として検討すべきだ」と補足意見もありました。

非嫡出子の相続分に関する最高裁の判決が覆り、嫡出子と同等になったように、社会情勢の変化で今後変わることもあるかもしれません。

遺言と死因贈与 中條レポートNo158

死後、財産を渡す方法に死因贈与があります。実際どのような場合に利用するのでしょうか。

遺言と死因贈与の違い

どちらも効果があらわれるのは死後です。遺贈は財産が遺言者から受遺者に移転することを遺言者が決める単独行為です。死因贈与は、贈与者から受贈者が無償で財産を貰う事を約束するお互いの契約です。
死因贈与を選ぶ場面は、お互いの意思を確認し合い財産を承継していきたい場合です。

死因贈与の問題点。

死因贈与は双方の契約ですが、贈与者の単独の意思で契約を取消せる特殊な契約です。不動産の場合、死亡を始期とする所有権移転仮登記をすることが出来ますが、仮登記をしてもこのことは変わりません。(但し、仮登記を抹消するためには双方の合意か裁判の判決が必要になりますので、取消す抑止力にはなります)

このように特殊な契約ですから利用は限られたケースになるでしょう。死因贈与を選択するのは次のような場合が考えられます。

  1. 自分の死後に財産を与える見返りに、生前に受贈者の世話になりたい場合。「Aが死んだら、Bに自宅を贈与する。但し、Aが生きている間、Bは生活・療養費として月額〇〇円をAに仕送りすることを条件とする」

    これを負担付死因贈与といいます。生前に面倒を見てもらいたい場合に利用が考えられます。(受贈者が負担をある程度行えば死因贈与は取り消せないとした裁判例があります。上記の場合、仕送りをある程度すれば贈与者の撤回も制限されるでしょう)

  2. 確実に財産を承継したい場合。遺贈では、遺言者死亡後、受遺者はいつでも、遺贈の放棄が出来ます。(民法986)しかし死因贈与は双方の契約ですから、受贈者は当然には贈与を取り消す事は出来ません。贈与者が死亡後に受取らない(契約を履行しない)と、受贈者の債務不履行としての責任が生じてくるからです。

    財産価値がないけれど引継いで欲しい財産がある場合、財産を受けることを拒まれにくくするために利用が考えられます。

預貯金の遺言書 中條レポートNo157

遺言書の書き方は大きくわけて二通り。

一番目は銀行毎・支店毎・銀行口座毎に相続する人を指定する方法です。
文例
遺言者は死亡時に有する下記口座の預金を長男 山田太郎に相続させる。
○○銀行××支店 普通預金 口座番号 123456
遺言者は死亡時に有する下記口座預金を長女 山田花子に相続させる。
○○銀行××支店 普通預金 口座番号 789012

 この方法の利点は遺言を書いた後も、銀行口座の残高を調整し、長男と長女に相続させる金額を変更出来ることです。遺言を書き変える必要がありません。
問題点は遺言者の意思能力が衰えた場合、老後費用(介護費用、老人ホーム入所費用等)をどの銀行口座から引出すか自分で決められず(法定後見の場合、後見人が決めます)、遺言者の意図に反した口座残高になる可能性があることです。「被相続人の意図したことではない」と争いの元にもなりかねません。

二番目は預貯金全部を合計した金額を割合で相続する人を決める方法です。
文例
遺言者が死亡時に有する全ての預貯金の合計額の○分の△を長男山田太郎に○分の×を長女鈴木花子に相続させる。

この方法だと、死亡時までにどうように預貯金を使っても相続させる割合は変わりません。しかし文例○○のように預金残高を調整して残す金額を変える事は出来ません。残額が減っても長男に最低相続させる金額を確保したいときは次のようになります。

文例
遺言者が死亡時に有する全ての預貯金の合計額の○分の△を長男山田太郎に○分の×を長女鈴木花子に相続させる。
但し、上記計算により長男が相続する預貯金が○○万円以下の場合は、△△万円を長男に相続させ、残額を長女に相続させる。死亡時に有する全ての預貯金が△△万円以下の場合は、全ての預貯金を長男に相続させる。

相続させる遺言 中條レポートNo156

民法986条に「受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることが出来る」と書かれています。

それでは相続人に「相続させる」という遺言でも、
・遺贈と同様に放棄できるのか。
・放棄した後、相続人全員で他の財産を含め遺産分割出来るのか。

☆このことに関して参考になるH21年東京高裁の判例をご紹介します。
被相続人A 相続人X Y 乙 の3名。
相続財産 不動産(以下本件不動産という)、現金、貯金。

Aは本件不動産をYに相続させる遺言を書き亡くなりました。他の財産については遺言書に記載されていませんでした。Yは本件不動産所在地に居住していなかったため、本件不動産を相続することを望まず、現金・貯金の取得を望んだため、遺言の利益を放棄し遺産分割を行うことを望みました。しかしYZも本件不動産の取得を望まなかったため裁判になりました。

決定内容
Yは本件遺言の利益を放棄することは出来ない」としYが本件不動産を相続しました。

上記決定がなされた理由
・本件相続させる遺言は、本件不動産を何らの行為を要しないでYが確定的に取得したことになるため。
・相続人全員で本件不動産を遺産分割の対象財産とすれば、遺産分割の対象となるが、その旨の合意が成立していると認められないため。

この判例から学ぶこと
 「相続させる」と書かれた遺言の利益が放棄出来るかどうかは賛成説・否定説に分かれます。最高裁の判断が待たれます。
この判例が教えてくれる事は、相続人が誰も望まない資産を「相続させる」遺言に書くと、争いの原因になりかねないということです。
不動産は個性が強い財産です。その個性がマイナス方向に働くと売却も困難になることがあります。やっかいな不動産を相続したい人はいません。このことを頭に入れて遺言を書かなければなりません。

不動産の特性をよく知る事が大切です。

自筆証書遺言 中條レポートNo155

遺言書には自筆証書遺言と公正証書遺言があります。

自筆証書遺言の良さはだれにも知れず遺言書を作れることです。誰にも知れずということは遺言の有効性がチェックされずに作られている事も多いということです。

最近では本やセミナーで勉強して遺言書を作る人が増えています。そのため、絶対条件である全文自筆、日付、名前、押印は守って書かれていることが多いです。

問題は内容です。内容で大切な事は二つです。

一つ目は「誰にあげるか」の“誰”が特定出来ているかどうか。
“一郎にあげる“ 一郎さんは日本にたくさんいます。これだけでは、どの一郎さんか特定できません。
“遺言者の長男の一郎に”と書けば、日本広しと言えども遺言者の長男で一郎さんは1人しかいませんので特定出来きますから有効です。

次に「何をあげるか」の“何”が特定出来ている事です。
“自宅をあげる” 遺言者の意図は自宅が建っている土地と建物を意味しているのでしょう。しかし自宅の庭の一部が駐車場として貸されていたら。駐車場まで含むのか判断に迷う事があります。
“資材置き場の土地の東半分をあげる” 測量図がなく、分割するラインを明示出来なければ、東半分を特定することは出来ません。

「誰に」「何を」を特定することは簡単なようですが結構難しいものです。まして感情が入りやすい自筆証書遺言は尚更です。
最高裁は「遺言者の真意を探求すべきであり、可能な限り遺言が有効になるように解釈すべきだ」と言っています。しかし、実務的には明確に判断出来ないものは、法務局・銀行等の金融機関が、すんなりと手続を行ってくれません。

裁判所の判決が得られれば手続は進みますが、元々争いなく手続を簡単に行うための遺言ですから本末転倒なことです。

文章にファジーな部分が残りやすい自筆証書遺言。気持ちは伝わっても、亡くなってしまっては正確な意思を確認する事が出来ません。公正証書ではこのようなファジーな部分は厳密にチェックされます。

争いなく手続をスムーズにという遺言の大目的を考えるとお勧めは公正証書遺言です。

特約 中條レポートN0154

お互いの約束を守るため契約書を作成します。

例えば賃貸借契約書。
・何を貸すか目的物が特定されている。
・貸主が借主に使用・収益させることが書かれている。
・借主が賃料を支払う事が書かれている。
上記3つが書かれていれば賃貸借契約が成立します。(民法601)

しかし、自分が希望する貸し方や、問題が生じた時の対処方法を決めておきたい場合は、上記以外に特約を設けなければなりません。
特約がない場合、問題が生じたら民法、その他法律に従い対処することになるからです。

特約を書くための第一歩は契約の内容が、民法の定めと、自分の思うことが同じかどうかを確認することです。
違っていたら特約が必要です。
同じでも、お互いに確認しておきたい項目は特約を書く意味があります。

特約を作成するとき常に念頭いれておく基本です。
・契約自由の原則。
お互いが合意すれば自由に約束事が決められる。
・公序良俗違反とならないか。
社会常識から外れた取決めは無効である。
・強行規定違反とならないか。
法律の中に、この項目に反する事を特約で定めても無効だとしているものがある。

契約自由の大原則があるけれど、何でも有効な特約になるわけではありません。

世の中が複雑になると様々な法律が制定され、その法律で定めきれない事を特約で決めていきます。トラブルの不安がこの特約を増やし契約書が膨大になっていきます。

複雑になると一般の人には、契約書の意味か理解出来なります。また契約書は事業者側が事業者の立場を守るため作成されていることが多くあります。

顧客の立場に立ち、何が重要な項目かを適切に説明しアドバイスするコンサルタントの存在が欠かせなくなります。

小規模宅地 中條レポートN0153

相続税の大バーゲン「小規模宅地の評価減特例」の内、居住用の特例に関する要件が1月から緩和されました。

居住用の小規模宅地の評価減特例とは、亡くなった人が住んでいた自宅の敷地を「配偶者」や「同居の子」等が相続する場合、240㎡までの部分について相続税評価を80%評価減するという制度です。(27年1月から330㎡に拡大)

240㎡で5,000万円の土地評価額が1,000万円になるというお話です。27年1月からの基礎控除減額分より節税効果が高いケースもあるでしょう。

緩和されるのは2世帯住宅の適用要件と老人ホームへの移転後の自宅の取扱いです。

○2世帯住宅の緩和。
「同居の子」の要件が、近年ニーズの多い二世帯住宅に対応していませんでした。昨年までは、内階段や内廊下でつながっていて二世帯を自由に行き来できないと「同居」とはみなされませんでした。しかし、2世帯住宅といえども(だから余計に)プライバシー確保が求められます。2世帯で暮らす大変さを理解していなかったのです。

そこで平成25年度税制改正で今年1月から、内部で行き来できなくても二世帯住宅であれば「同居」とみなされることになりました。これにより、外階段タイプの完全分離型の二世帯住宅でも敷地全体が小規模宅地の評価減特例の対象になります。

○老人ホーム移転後の自宅。
被相続人が老人ホームの入居中だった場合の取扱いも拡大されました。

昨年までは、終身利用権付きの (亡くなるまで居られる) 老人ホームに入居した場合、居住地が老人ホームに移ったものとみなされ、自宅は特例が受けられませんでした。

今年1月から、入居後も自宅への適用が認められることになりました。いつかは自宅へ帰りたい。だから売るのはしのびないという感情を理解してくれたのでしょう。

但し自宅を他人に貸すと適用が受けられませんので注意が必要です。

二世帯住宅の同居要件と老人ホーム入居中の取扱いは実務で障壁となっていました。今回の改正は実態に即したヒット改正です。このような見直しが今後も求められます。

※他にも適用要件があります。適用の可否で税額が大きく変わりますので、実行する場合は税理士さんに相談してから行ってください。

漱石「心」 中條レポートNo152

夏目漱石「心」の一節です。
「叔父に欺かれた当時の私は他(ひと)の頼みにならないことをつくづく感じたには相違ありませんが、他を悪く取るだけであって、自分は確かな気がしていました。世間はどうあろうともこの己は立派な人間だという信念がどこかにあったのです。それがKのために見事に破壊されてしまって、自分もあの叔父と同じ人間だと意識した時、私は急にふらふらしました。他(ひと)に愛想を尽かした私は、自分にも愛想を尽かして動けなくなったのです。」

尊敬していた伯父に財産預け、東京の大学へ行っていたら、財産を搾取された。
「人の心は変わる。伯父の心を変えたのは金」

自分は伯父とは違うという信念があったが、伯父と同じ人種だと気が付いた時の一節。
気が付かせてくれたのは親友K。
Kと同じ女性を愛し、Kを欺いた形でその女性と結婚する。そしてKは自殺した。Kは自殺した理由を何も残さなかった。
Kが自殺した理由を知っているのは私だけ。それを私の心の中だけに封じ込めていたが限界がきて私も自ら命を絶つ。

変幻自在、そして無限な思いを抱く心。
この心の中身が見えるのは自分だけ。
全ての人を誤魔化せても自分を誤魔化せない。

「心」が超ロングセラーとして読み続けられているのがわかります。

「この小説は相続で迷い道に入る人の心をあらわしている」
との言葉に共感しました。
相続はフランクな兄弟姉妹の関係に財産分配という特殊事情が襲いかかります。財産欲が自分を変え、過度な要求をし、感情の激化が生じます。

「私は間違っていない。相手が悪い」
と心が勝手に判断します。
自分の心が変わったがゆえに出てくる感情です。しかし自分の心の変化に気が付きません。

ある日“私”のよう自分が変わったことに気が付いたときの苦しみは……。

勝っても負けても相続は争うと不幸になります。争う原因は自分でも制御出来ない心の動きです。相続に携わるものとしてこのことを肝に命じておきたいです。

今年もお役に立てるよう、成長していきたいです。